2016年07月19日

知の逆転

読みましたが、あまり面白くありませんでした。。。
代表的な知識人6人へのインタビュー記事なのですが、うーん、、、
インタビューの内容が、本人の業績についてのものなのか、それとも、知識人が現代を切る、的な内容なのかがブレてるのが気になります。


インタビューされている人は、ちょっと前に大発見をした人たちなので、その人たちの発見は、すでにもう新しくないというジレンマがある気がします。
(よく知らない知識人については、その業績を紹介してくれたのは良かった)

社会、教育、宗教などについて、語る(現代を切る)部分については、正直、おっさんが適当に言ってるレベルのもあるんじゃないかなぁ、とも思いました。
(というか彼らの意見があまりに正論すぎて、新たな発見や気づきがない?)


以下は面白かった部分

ジャレド=ダイヤモンド
言語の獲得が人類を飛躍的に進化させた
700万年前は、人類とチンパンジーは同じだった
20万年前までは、人類はただ二足歩行で大きな脳を持つチンパンジーでしかなかった
その後、言語を獲得したのが最も重要な進化のステップだったのではないか

人生の意味を問うことに意味がない
人生というのは、星や岩や炭素原子と同じように、ただそこに存在するというだけのことであって、意味というものはない。

チョムスキー
アメリカにとって、産業の種となったものはほとんど政府(軍事)から来ている。
(航空機、インターネットなど)
市場原理なんてのは嘘っぱちで、政府の助けがないと資本主義は破綻してしまう。
逆に政府の援助が最もない分野が金融で、だから何度も破綻する。

五万年間、人類の認識能力は進化していない
五万年前、ごく小さなグループの人類が東アフリカを出て急速に全世界に広がった。
アフリカを出てから、遺伝子的に隔離された、パプアニューギニアやアマゾンの原住民の子供たちも、教育さえ与えれば先進国の子供と違いはない。つまり遺伝的な差異がないということ。
5万年前から10万年前に、人類の能力の飛躍的な発展があり、それが言語の獲得だったと思われる。

5万年間、数学を全く使わなかったパプアニューギニア人でも、アメリカで育てれば数学が出来るようになる。
数学は言語獲得の副産物の能力なのではないだろうか?


マービン=ミンスキー
科学の知恵は、偉大な個人によってもたらされる
大衆の集合知能には期待すべきではない
(インターネットの集合知は多分ダメ、とは多くの知識人がこの本の中で述べている。民主主義にあまり、期待しない方が良いとも(ブッシュを例に出して))

思考と感情のうち、感情は特別で神秘的なものと思われてきたが、それは誤りである。
感情は単純な動物でも持っている。しかし状況に応じて様々な反応ができるのは人間だけだ。
感情は10〜20くらいの方法で物事を理解する方法に過ぎない。
(ダニエルカーネマン、ファスト&スロー的な発想かなと思った。)


トム=レイトン
アカマイテクノロジーズについて
(インターネット上のサーバーにアクセスするとユーザーは全く意識しないまま、最も近いアカマイテクノロジーズのサーバーにアクセスし、情報をダウンロードしている。
効率的なネットワークサーバーを企業に提供するサービス)


ジェームズ=ワトソン(DNAの二重らせん構造の発見でノーベル賞)

(歯に衣着せぬ物言いで面白い)

生物科学における研究テーマ3つ
「脳」「老化」「メタボリック」
脳が何をしているのか
老化を楽しめるか
デブにならないためにはどうしたらよいか

一方で、細胞がどうなっているかについては、理解がだいぶ進んできた。
その最たる目的が、ガンの克服。これについては近い将来に可能ではないか?

教育に時間をかけすぎている。
モラトリアムが長すぎる。
成人年齢をもっと早めるべきである。

安楽死・尊厳死は近い将来、かならず一般的になる。



posted by ロボたいしょう at 21:39 | Comment(0) | 読書・書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする