2012年02月17日

和田式勉強術などvs学校教育 親や教師をどう説得するか?

以下の記事のコメント欄で行われた議論(?)のまとめ
学校教師や親と受験勉強にどのように折り合いをつけるか、私の考えをまとめておきます


http://sitake.seesaa.net/article/157709952.html
http://sitake.seesaa.net/article/186137699.html






もしかしたらこれをプリントアウトして親に見せる人がいるかもしれないという考えも少し持ちつつ執筆。
私はどこかの予備校や出版社の回し者ではなく、いち東大生として、大学受験の実体験から私の意見をただ述べているだけです。

注:受験の結果は全て自己責任です。私や和田の言うとおりにして大学に合格できなかったからといって私や和田が責任を取ることはありえません。
しかし学校の言うとおりにして大学に合格できなかったとしても学校が責任を取ってくれるわけではありません。
どのみち受験の結果は自分で責任を取るしかないということは覚えて置いてください。
大学受験はもしかすると人生で最初の「自己責任」の場面なのかもしれません。


自己紹介
私(筆者)は東京大学にほとんど独学だけで入りました。
高校は中高一貫でしたが、中学三年生の時の成績は悪く(少なくともクラスの真ん中よりは確実に下)
遅刻の多さとあわさって三者面談で「東大を目指すようなお子さんではないとしてもせめて生活指導だけはしてくれ」といわれて一念発起。

東大に合格するには、当時毎年1桁しか東大合格者を出していなかった高校の勉強よりもずっと効率の良い勉強法があるだろうと考え和田式などをミックスして勉強法を確立しました。
徹底して学校の授業時間は全部内職し、数学の参考書と英語の参考書の自習に当てました。

現役時は夏の東大模試でDCB判定、秋ではBBA判定でしたがそのあとうっかり油断して遊んでしまい文一に10点差で不合格(言い訳がましいですが文二ならぎりぎり受かってる点数でした)
一浪しているときは生活リズムを保つために代ゼミに通い、文二に最低点プラス50点で合格しました。
一浪したのは勉強法のまずさではなく自分自身の甘えだと思っていて、その甘えがなければ現役で東大に入れたと考えています。
私自身は浪人したことを今では特にマイナスだとは思っていませんが、多くの受験生は現役で入ることが大切だと思っていると思う(し、そう私も思っていた)ので付け加えておきました。


本題

大学受験で一番大切なことは志望する大学(それも出来るだけ社会的な価値の高いもの)に入ることだと私は考えています。
あなたはどう考えますか?

繰り返しますが、私は志望する大学に入ることが受験で一番大事なことだと思います。

スポーツと違って正々堂々戦うもスポーツマンシップもクソもないわけですし、オリンピックと違って受けることに意味があるわけではありません。
就職活動の履歴書で、

私は大変な努力をしましたが惜しくも早稲田大学に不合格となり、明治大学に通うことになりました。しかし努力の量は早稲田の学生に負けません。

と書くことは出来ません。
人事は大学名(とほんのちょっとの学部名)で学生を判断するだけです。

学校の勉強をしようが、全部自習で勉強しようが、合格最低点を取れれば合格は合格です。
どちらの勉強でも受かれば受かるわけです(自明なことですが)。
あなたは学校の指示する勉強方法、もしくは予備校の指示する勉強方法、もしくは和田や荒川などの勉強方法のどれか1つや、それらを組み合わせて採用することが出来ます。
勉強方法は自分でどれかを選ぶものです。私たちは普段気づかずに学校の指示する勉強方法を選ばされているだけなのです。

自分の志望校に、今まで高校から合格者が存在していれば、学校の勉強で受かる可能性はもちろんゼロではありません。実際に高校の指示通りにしていただけで東大に来た学生も山のように居ます。
もし存在しなければ学校の勉強方法を採用して受かる可能性はほぼゼロでしょう。(あなたが学校史上初の例外になる可能性もありますが)

学校の勉強方法、予備校の勉強方法、和田式や荒川式。どれを選んでも合格、不合格の可能性があります。
100%合格できる勉強方法はありえません(もしそんなものがあれば日本国民は全員東大卒になっています)
どの勉強方法を選んだとしても結果は自己責任です。学校や予備校や和田があなたの受験の結果を補償してくれることはありません。

そう考えるとこれは投資と似ているのかもしれません。
どの勉強方法に自分の労力(勉強時間)を投資すれば志望校に合格するのか、ひいてはどの勉強方法に投資するのが一番効率が良いのか、というのがここでの問題です。

学校の勉強法を信じてやりぬくのが一番効率が良いと思うのであればそうすべきでしょう。
また勉強法には合う、合わないがあるので、自分に合わない勉強法はさっさと変えるべきです。
ある人にとって最高の勉強方法が自分にとっても最高だとは限りません(そこが投資と違うところですね)
具体的には3ヶ月、真剣にやって効果がなければその勉強方法は自分にあっていないと判断できると私は思います。
またどんな勉強法でもやれば少しは効果があるはずなので、高い志望校を目指すならそれなりに勉強の効果が出ていないとその勉強法では志望校には合格できないことになります。
人生は有限、つまり勉強できる時間は有限なので、効率が悪いといつまでたっても志望校には合格できません。

多くの場合、成績が上がらないのは本人の努力が不足しているからだと考えられています。
しかし、私は本人の努力の不足だけに原因を求めるのではなく、努力の方法にも問題があると考えるべきだと思います。
努力すれば必ず報われるというのはウソであるともうすでに気づいていると思いますが、
報われる努力だけが努力であって、報われない努力は努力ではないのです。



以下コメントに寄せられた意見とそれに対する私の意見


はじめまして。高1です。
今から東大目指して頑張ろうと思っています。

英語がボロボロで中学英文法から始めようと
思うのですが学校の宿題が夏休みより多く
まともにやっていると冬休みに自学の勉強時間があまりとれません。
なのでやらないことも考えています

ろーにんめいでんさんは中学復習の時期には学校の宿題、授業はどうしていたのでしょうか
僕の考えでは高1、高2の時は学校の授業は1をとらない程度にしていこうかと思うのですが親に猛反対されたので
この場で合格者の意見を聞けたらなと思っています。

長文ですみません。
Posted by 栗たろう at 2011年12月27日 12:52


下が私の意見

私は学校の課題・授業などは一切全くやりませんでした。受験に使う科目であっても基本は完全無視で授業中も内職自習です。

英語の定期テストは初見の文章を時間全然足りない中でやってみる練習〜 くらいの気持ちでやってました
数学も参考書で終わってる範囲なら絶対解くつもりでやりましたが終わってない範囲や使わない範囲(理系クラスだったので)はまぁ白紙上等な気分でした。
定期テストでは勉強のペースは一切乱さないようにしていたと思います。
特に文法なんかは中学校の内容がわかってないと高校の奴を宿題に出されてもあまり意味がないと思います。

受験に合格することと学校の宿題を提出することは一切関係ないので受験に合格することを考えたら宿題なんて誰かのを写すかやらなくても十分でしょう

しかし学校の教師を無闇に敵に回すとあいつらは権力を振りかざしてきますので非常に面倒になります。また親が理解し、協力してくれることは受験には絶対必要です
俺は両親を説得し、学校の授業は捨てるから模試の成績だけ見てくれ!という宣言をしました
が、栗たろうさんの家がどうなってるかは全くわからないのでそっちはそっちで頑張ってください
親がスポンサーである以上親の意向を完全に無視してやることは不可能ですので・・・

まぁテスト前日にちょこっと見れば3くらいは取れるんじゃないでしょうか?

俺が説得するとしたら

・自分の志望校(高い目標)
・現状の自分の偏差値
・学校の指導にはもう付いて行けていない、さらに学校の指導では合格できそうにないこと(もし自分の志望校に卒業生がほとんど入っていないなら学校の指導をいくら受けても入れる可能性は低そうだということはわかりますよね?)
・これからは入試に直接関係のない学校の点数ではなく、自分の実力と志望校までの距離が一番表れる模試の成績アップを第一に考えて勉強をすること

をはっきり主張すると思います。
もちろん自習は強制力もないので大きなリスクがあると思いますしそこは親も不安でしょう

そこで、3ヶ月、自分の勉強方針で勉強して、春の模試で偏差値が伸びなかった場合は素直に自分の負けを認めて学校の勉強に従うなり、予備校に通うなりする
と条件つきで、認めてもらう交渉をしてみたら?と思います
とにかく主張すべき・認識すべきは模試の偏差値が高くないと定期テストの点が高くても意味が無いということですかね
河合か駿台の模試が実力です
まぁ自分の人生は自分で後悔がないようにしたい、3ヶ月だけでいいから好きにやらせてくれ って覚悟決めて言ったらまぁ渋々でも認めてくれると思います
Posted by しいたけ(ろーにんめいでん) at 2011年12月29日 03:07



お久しぶりです

最近、ビーマニならぬステップマニアのやりすぎで体がやばいです(笑)

和田式の方法(一週間の使い方など)よりも荒川式のやり方のほうが合っているなと思って変えてみたのですが、学校の懇談のときに教師に親の前でボロカスに「それは間違えている!そういうひとたちはちょっと特別なんだ!」と言うものなので、折角説得したのにまた、そんなやり方で大丈夫か?とまた親に心配されるようになったので自分まで心配になりました。自分のやり方は間違えているのでしょうか?
Posted by タカアキ at 2012年02月08日 20:54



頭ごなしに否定する学校教師にうんざりする気持ちはちょっと僕は同情してしまいますが・・・

和田の立場からも学校の立場からも離れて考えましょう。目標は大学に合格すること、合格しさえすればあとはどうでもいいわけです。ここが出発点なのはよろしいでしょうか?
極論を言えばカンニングしようがなんだろうが入れれば良い訳です。これはまず大事な前提条件。

学校の教師が和田式や荒川式を否定するのは、自分たちの存在意義に関わるから当然でしょう。
彼らの方法を採用して極限まで突き詰めれば学校教育は不要で参考書だけあればいいわけですから。

学校教師が主張する、和田式や荒川式で失敗した人が居る!というのは事実ですが、だからといって学校教育が和田式や荒川式より優れているということにはならないはずです。
その人たちが本当に学校の方針に従っていれば、和田式を採用するよりも成績がアップしたのでしょうか?
それを確かめるすべがない、また自分がどっちでより成績がアップするかわからない以上、これはどっちを信じるかという問題でしかありませんが。

わかっていることはどちらの方法でも志望校に合格した人が居るということです。

とにかく三ヶ月かそれくらい真剣にやってみて、成績があがれば、和田式や荒川式に効果がある(自分に適している)ことがわかるでしょう
もし三ヶ月やって成績が上がらなかったのに、親や教師に向かってこの方法で効果があると強弁するのは難しいかもしれません
教師は成績が上がっていてもあの手この手で学校の方針に反する勉強を辞めさせようとします(とても常識では考えられないことですがこれは事実です)
まぁ親が常識的な思考力を持っていれば、成績が右肩上がりしている子供の勉強法に無理やり介入しようとは決してしないと思います。
つまり、自分の方法が間違っているかどうかは3ヶ月で成績が向上するかどうかでわかるということです。

タカアキさんが自分の今のやり方が自分にあっているかどうかというのは誰も判断することはできないのですが、
自分にあっていると信じてそのやり方を採用している以上、3ヶ月で少しでも偏差値を上げて、そのやり方の正しさを(親に)認めてもらうしかないと思います
Posted by しいたけ(ろーにんめいでん) at 2012年02月17日 04:11



・大事なこと

自分が選択すべきなのは、一番効率が良い勉強法であるということ。
もし親がそれに反対することで結果的に効率が悪いのであれば(親が参考書を使うことを宗教上の理由で禁止していて、参考書を使ったことが親にわかると家を追い出されて受験が出来なくなってしまうようなケース)その勉強方法を採用することはもちろん出来ない。

自分で稼いで大学受験の費用を集めるのは無謀。親は自分のスポンサーである。
親を味方につけなくては大学受験などとてもおぼつかない。
ただし学費については奨学金などをかき集めれば私学であっても入れれば絶対に卒業できる。
実際に年収が300万を切っていても4種類ほど奨学金を受けながら上京して東大に通う友人がいる。
家にお金がないから私学にいけないとか、家に金がないから大学に行かせないという意見は、奨学金への知識がないから出てきているものであると私は思う。

親は最後まで自分の味方である。
親は子の幸せを絶対に願っている。遺伝子的にそうプログラムされているからである。
親が自分のしたいことに反対しているとしても、それはそうすることで不幸になると親が考えているからである。
上京してミュージシャンになる、駆け落ちする、学校を辞める、 そうしたことはわが子を不幸にすると思うから親は反対しているわけである。
しかし親は親、自分は自分であり、自分の人生は自分で責任を取らなくてはいけない。
親はわが子に幸せになってほしい、不幸になってほしくないと思うと同時に、
わが子が決めたことは最後まで好きなようにさせたいと願っている。
つまり、自分がこういう勉強法でやりたい!と宣言したとき、
「それは本当に効果があるの?大丈夫なの」と思うのが親心であるが、
「どうしてもこの勉強法で最後までやりきる。これが俺の親離れだ!」といわれれば、
ほとんどの場合それを応援するしかなくなるだろう。

手放しに好き勝手させるのも親は当然不安です。しかし成果が上がれば不安を持つ人は誰も居なくなります。
つまり



もちろん自習は強制力もないので大きなリスクがあると思いますしそこは親も不安でしょう

そこで、3ヶ月、自分の勉強方針で勉強して、春の模試で偏差値が伸びなかった場合は素直に自分の負けを認めて学校の勉強に従うなり、予備校に通うなりする
と条件つきで、認めてもらう交渉をしてみたら?と思います
とにかく主張すべき・認識すべきは模試の偏差値が高くないと定期テストの点が高くても意味が無いということですかね
河合か駿台の模試が実力です
まぁ自分の人生は自分で後悔がないようにしたい、3ヶ月だけでいいから好きにやらせてくれ って覚悟決めて言ったらまぁ渋々でも認めてくれると思います



こう宣言することで親を説得するしかないということです。
私の場合も学校の勉強を無視し、1年間通っていた塾も辞めて自習だけでなんとかすると高2の春に宣言し、親と大変な口論?になりましたが、
6月の模試で英語の偏差値が10アップしたことで筆者の家庭では筆者の好きにやらせた方が成績があがると決着が付きました。
それ以降、勉強方法に親は一切の口は出さず、参考書の金だけを出すことになりました。
普通、模擬試験の成績が上がったら誰も文句は言いません。志望校合格を願う親が文句を言うはずがありません。
文句を言われたくなかったらあなたは成績を上げるしかありません。成績が上がればあれこれいう周囲は黙ります。
(東大に合格するとこのようにブログを立ち上げて自分があれこれ言うことも出来ます。
今の日本社会では東大に合格してさえいれば勉強法について何を言っても誰からもケチは付かないみたいです)


・定期テストについて
定期テストの成績は大学入試と直接関係があるわけではありません。
もちろん指定校推薦を狙っている場合は別ですが、一般入試では学校の成績や遅刻欠席は一切加味されません。高校入試とは違います。
入試本番の点数だけで決まります。
定期テストの成績と全く関係がないということはありませんが、範囲が決まっている定期テストよりも、
範囲が決まっておらず、大学入試に出来るだけ似せて作ってある模試のほうが入試とはるかに大きな相関性があります
(学校の定期試験で志望校の判定が出ますか?出ないでしょう)

志望校に合格するために大事なことは、模試でA判定を取ること、もしくはA判定に近づくことです。いくら学校の定期テストの点数が上がって校内で1位を取ったとしても、模試の判定が悪ければ意味がありません。
学校の定期テストでいい成績を取って褒められることが受験のゴールではないからです。
受験のゴールは志望校への合格、その前段階として模試の判定を少しでもよくすることが大切です。


・学校の教師とどう折り合いをつけるか
学校の教師は学校の成績を上げることを第一に考えています。
何故かというとそれは「学校の」教師だからです。
定期テストはどうでもいいから受験勉強をがんばれという教師は居ません。
なぜなら彼らは学校から給料を貰っていて、学校という存在に縛られる宿命にあるからです。
驚いたことに、私が高2の冬の時点で駿台模試で東大にA判定が出た(一年前は当然E判定だった)のにも関わらず、
学校の教師(筆者の担任)は「そんな勉強方法ではダメだ、授業時間を全部内職するだなんて認められない」と口を出してきました。
結局、学校の教師は生徒が志望校に合格するかなんていうのは全然考えてくれていないわけです。
そこが私は一番納得できないところでした。自分はこの身ひとつで大学受験という競争をしているはずなのに、どうしても学校にいるという理由で学校の権力に振り回されてしまうからです。

しかし高校を辞めようとは思いませんでした。大検を受けて受検することも不可能ではなかったですが、将来的な経歴を考えれば不利だと思いましたし、
まず大検を受けることも非常にめんどくさいということがありました。
また学校の友人と毎日会って、お互い励ましあうことには勉強法や効率云々ではないもっと大事な意味があると思っていました。
受験は一人で戦うものですが決して自分一人だけの孤独な戦いではありません。
親や友人が助けてくれるはずです。

また学校と争うことは、かなりの労力を使うことで、受験勉強には大いにマイナスになります。
親を説得することは簡単ですが(成果が上がればいいわけですから)、学校を説得することは出来ません。(非常な労力をかけましたが私は出来ませんでした)
学校が生徒を退学にさせる権利を持っている以上、学校を説得することは不可能です。
頑張って教育委員会などと争えば学校をなんとかすることも出来るでしょうが、こっちは3年間しか時間がないのでそんなことをしていては受験の当日が来てしまいます。
つまり学校と争うのは無益です。権力の欺瞞、横暴を感じながらもこそこそ耐えるしかないと思います。


・学校の意義は?
学校は予備校とは違って、受験に合格することが目的なのではなく、人格形成、健全な生徒の育成を目的としている(建前上)のがこの問題の原因です。
私は何度も担任や学年主任相手に、「勝手に自習して成績が上がって志望校に合格すれば学校の利益になる。それでいいじゃないか」 と主張しましたが(ついに私の父親が呼び出されたときに父親もそう主張しました)
彼らは、「学校は授業を受ける場。志望校合格だけが目的だと勘違いされては困る」と繰り返しました。(父親に向かってもそう主張しました)
つまり学校は志望校合格を目的としていないのです。私は度重なる生徒指導室への呼び出しの結果、自分の学校に大変失望しました。
自分の母校に自分の子供を入れようとはとても思えませんが、どこの学校に入れても恐らく大差ないだろうと考えるとどこに入れても一緒なのかもしれません。

変えられない現実は受け入れるしかありません。
現実は現実です。授業中の内職を問題視する教師の授業で内職することはできないのです。
権力には表立って逆らわないようにしましょう。

しかし少なくとも授業時間以外の時間をどう使うかは本人の自由のはずです。
学校の指示する勉強法が最高だとおもうのであればそれに従い、そう思わないのであれば自分の選んだ勉強法で勉強するだけです。
(しかし私は、学校で毎年同じように教えるだけで、生徒一人ひとりにあった指導もしていない学校の指示する勉強が、自分にとって最高のものではありえないと断言することが出来ます)
やる気のある教師がかえって自分には常に障害となり、無気力な教師ほど自分の勉強には都合が良かったのは皮肉でしょう。
(もちろんやる気があって自分に理解があり、「話しのわかる」先生が1人だけ居ました)


・結論と勉強法より大事なこと
結局のところ、自分にどの勉強法が合うかはやってみないとわからないわけです。
ただ、今まで学校の勉強を受けてきて、十分満足できる成績が取れていないからきっとあなたはこんなサイトを見ているのではないでしょうか?
学校の言うとおり頑張ったとしても早稲田や慶応にはとても受かりそうにない、そう思っているから勉強法を探しているのではないでしょうか?
学校が宣伝する合格者の声は、学校の勉強法で志望校に受かった人だけです。
しかし学校の勉強法に忠実に従っても志望校に合格しなかった人が沢山います。
もちろん予備校でもそうですし、和田式やその他の勉強法でも合格者と、それより多い不合格者が居ます。
結局は自分で勉強法を選ぶしかないわけです。私は学校の勉強法に閉じこもって欲しくないと思っています。
学校の勉強法が信用できる、学校の引いたレールに乗るのが一番楽で効率がいいとおもうから学校の勉強を採用している。それなら話はわかります。合理的です。
実際にそうして東大に入った人も多いです。というかそうやって言われるがまま素直に東大に入った人のほうが、勉強法を四苦八苦して入った人よりもはるかに数が多いはずです。

問題は自分がそのレールに乗って志望校に入れるかどうか、ということです。
レールは1本だけではなく、いろんな勉強法というレールがあるということは絶対に忘れて欲しくないと思っています。
結局、どの勉強法を選んだとしても自己責任なのですから、どのレールに乗るかは真剣に考えなくてはいけません。
またレールは一度乗っても乗り換えることもできます。3ヶ月やって効果がなかったらその勉強法はやめて別の勉強法を模索するなり、勉強法を修正すべきだとおもいます。

この世に確実で安全で安心なものはありません。
しかし一度勉強を始めたら、しばらくはそのやり方を信じてやるしかありません。
自分の人生ですから好きに生きるのが良い、そうでなくては生きている意味がないと私は思っています。
学校がそれを認めてくれることはありませんが(彼らはいつでも最後には「嫌なら学校を辞めろ」と言っていました。それが出来ないことは当然承知の上で、です。)
最後の味方である親はそれを認めてくれても良いと思います。
そしていい大学に入るということは親がわが子に望むことでもあります(もしそれを望んでいないなら説得は非常に困難です)
親の望む希望を子が全力で叶えようとしているのであれば、それを不安ながらも少しは見守ってあげることは出来ないでしょうか
(もちろん成績が全然上がっていなければ強制的に介入することもやむなしです)

そして勉強法よりも大切なことは、「実際に勉強すること」です。
一日一時間でもいい、毎日勉強することが大事です。
どんな至高の勉強法でも勉強しなければ絶対に成績は上がりません。
残念ながら世の中には勉強法マニアが沢山いて、全然勉強せずに勉強法の勉強に熱心になっている人が多いのです
そのせいで勉強法について考えることがさも「勉強逃れ」で、不真面目で堕落していることの象徴かのようになってしまっています。
これを読んでいるあなたはそのような勉強法マニアにならず、実際に勉強し、合格してくれることを願っています。
とにかくこの文章を読んだらパソコンの電源を落として1分でも勉強してください。
いや、してくれないと思いますがね。一応。


勉強法を宣伝している人は頭のいい人で、普通の人がマネしても失敗するだけだ
という批判があると思いますが、
それならば勉強法を自分に合う形に調整するだけなのではないでしょうか?
キリスト(もしくはブッダ)の教えは特別な人だけが実践できるのであって、普通の人には意味が無い と思う人は居ますか?
全部は実践できなかったとしても、その中で特に意味のある一部、エッセンスを実践する、もしくは考える、信じることは出来るはずです。
どれが実現可能で、どれは出来ないのか、実際に勉強して試行錯誤していくなかで、自分に合った形に勉強法を創っていくこと、これこそ本当に意味があることだと思います。
もちろんその勉強法の宣伝は全部でたらめ、うそ、でまかせのペテンである可能性もあります。
しかしその鰯の頭も信心からではないですが、勉強法を信じて合格した人が少なからず居るというのもまた事実です。
そもそも受験は成功した人より失敗する人の方がはるかに多い(人気大学の倍率を考えれば当然である)のだから、
多くの人が失敗しているからダメだということにもならないと思います。
すくなくともその勉強法で1人が成功していれば、その人にとってはその勉強法が良かったことは間違いないでしょう。


合格こそが大切だと述べたこととは反していますが、
成功するにせよ、失敗するにせよ、悔いが残らないことが私は大事だと思っています。
大学受験は自分の人生を決定する重要なことです。今の日本では学歴は一生付いて回ります。
悔いが残らないように考え、最善の行動をするべきだと思っています。
では頑張ってください。

posted by ロボたいしょう at 06:11 | Comment(6) | 受験 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あなたは頭が良い人ですね。
そしてこの記事の量wお疲れ様です(`・ω・´)b

Posted by 空の蒼 at 2012年02月18日 20:23
なんか色々悩んでたことが綺麗さっぱりに解消された感じがしました!

いつも質問に答えていただきありがとうございます。頼りっぱなしというのはよくないと思うのですが、これからも質問に答えて下さるとうれしいです。
Posted by タカアキ at 2012年02月19日 15:47
学校で宿題をださなかったら
説教されて宿題を出すか授業に出ずに図書室で
勉強するか選べと言われました
図書室で勉強しても出席扱いにしてくれそうです
今はもう図書室で勉強しようと思ってるのですが
やはり不安があります
一意見としてしいたけさんの意見をきけたらと思います
読みにくい文章ですみません
Posted by 栗たろう at 2012年04月19日 15:24
そこらへんのバランス感覚は難しいですよね
簡単な宿題ならささっと写してやったほうが結果的に学校を敵に回さないで済むかもしれません
俺は授業中数学解いてて、
「出てけ」 といわれて出て行ったら
後で担任に、授業中出て行ったことで丸一日以上生徒指導室で監禁されて説教されたことがあります・・・

変な体力は使いたくないのであまり露骨に目立つのもちょっとどうかと思います
まぁ図書館で勉強してそれでホントに出席にしてくれて後腐れがないならそれに乗っかるのも全然ありです
Posted by しいたけ(ろーにんめいでん) at 2012年04月28日 12:16
はじめまして。私は高校三年で東大理系を受験しようとしているものです。唐突なのですが、お聞きしたいことがあります。
しいたけ(ろーにんめいでん) さんは何度か偽名で順位表に乗られたことがありますよね。その中で「ソウセイセキハ オレノヨメ」のような偽名がありましたが、これで受験されたとき、漢字氏名はどのようにされていましたか?

あと、知人が「代ゼミは偽名に対して厳しい」と言っていたのですが、実際どうなんでしょうか。

突然いくつもお聞きしてすみません。
Posted by Science Fiction at 2012年06月03日 03:54
返信おくれてしまい申し訳ありません。

創生関葉 折野夜目

みたいなデタラメの漢字を当てました
河合はカタカナしかのらないと知っていたので。

俺らの代で荒らしすぎたせいかもしれませんが各社どんどん偽名には厳しくなっているようです
ちなみに俺は 薔薇園 月 という代ゼミのカードを持っていました。
Posted by しいたけ(ろーにんめいでん) at 2012年07月25日 02:00
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